憧れ

前編


 女生徒が若い男性教師に憧れるのは女子高の常、というのは言いすぎだが、話としては多い。昼のテレビ番組でアンケートをとったら「初体験の相手は先生だった」という女性が百人中八人という結果が出たこともある。そこまでは行きすぎだとしても、先生に憧れる生徒が多いのは確実である。年上の男性というものに免疫がないのだから仕方のないことかもしれないが。
 サンプルデータが少ないため、真実がどうなのか定かではない。
 しかし。
 少なくとも、エビス女子高一年の河田優良は、同校の数学教師に憧れていた。


「これが、ぼくのうちの地図」
「せ……先生……」
「無理にとは言わない。気がむいたら今度の日曜、訪ねてきてはくれないか? ぼくの車でドライブでもしよう」

 河田優良が「憧れの田辺先生」にそう誘われたのは、夏休み前で校内が浮わついた雰囲気に包まれているある日の午後だった。
(これって……デート……に誘われてるんだよね)
 優良は呼吸が止まるほどに胸の高鳴った。
(ど、どうしよう……でも、嬉しい)
 田辺先生が自分のことを見ていてくれてた、というそのことが喜びを優良の胸へと誘った。鼓動が早くなる。スラリと伸びた長身、明るく頼れそうな物腰、誠実な態度、どれをとっても申し分がない。そう彼女は感じている。
 ボーっとする頭のまま、優良は下校を始めた。
 足取りがおぼつかないような感触。
(どうしよう、どうしよう)
 そのことだけが頭にあった。
「河田さん、どうしたの」
 そんな優良に話し掛けてくる女生徒が一人。
「あ、貴江さん」
「どうしたの。ボケっとしちゃって」微笑みながら話し掛けてくる友人の貴江。
 相談してみようかな、と優良は思う。
「じつは……」

「へぇ……先生、河田さんに気があったんだ」貴江は俯き加減で呟き、顔をあげた。「よかったじゃない、行きなよ。河田さんも好きなんでしょ、先生のこと」
「でも、恥ずかしいな。男の人と二人きりで会うなんて」
 河田優良はエッチの経験も、キスの経験も、それどころか男性とデートをした経験もなかった。純情、というより、童話に出てくるような恋愛に憧れる子供っぽさがあったのだ。セーラー服を柔らかく押し上げる胸のふくらみ、ピンク色に濡れた唇、夏服の袖口からスラリと伸びた華奢な手足と透き通るような白さ。身体的な成長は優良を知る周囲の男性の胸をざわつかせずにはいられないものを示しながら、彼女はそれには気付いていなかった。精神と肢体のアンバランスさが、さらに優良の魅力を増幅させているのかもしれない。
「やっぱり、やめよーかなぁ」
 優良はうつむき、目を伏せた。
「あーあ、もったいない」友人は両手を広げた。








 日曜日。
 晴れ渡った空が眩しく街を覆い包んでいる。爽やかな風は七月にしては涼しく感じられる。
 そんなデート日和の休日、田辺は外出用の服を着て自分のアパートで佇んでいた。机の上に置いたペットボトルを持ち上げ、唇を湿らす程度に口に含む。
「来るかな、河田」
 デートに誘った彼女の姿を脳裏に浮かべながら、彼は一人呟く。いつのまにかにへらとしまりのない笑みを浮かべていたのに気付き、慌てて表情を引き締める。しかし、すぐに相好が崩れた。
 誘ったときの優良の反応から、田辺は彼女が自分を憎からず想っていることを確信していた。頬を朱に染め、自分を見つめたあの瞳。あれは恋する乙女の目だ。
 不安定な年頃、憧れと恋心の差も分からない年齢。田辺は教師になってから教え子たちの心の動きに敏感になっていた。既に、七人の女生徒と深い仲になっている。続いている関係もあれば、終わらせたものもある。
 先日も、この部屋で処女を一人いただいていた。
 白い肌をさらし、腹の下で喘ぐ女子高生。その娘を抱きながら、田辺は「次はクラス一の美少女、河田優良だ」と心に決めたのだ。
 反応や噂話から、彼女が処女なのは間違いない、と田辺は確信している。使い捨てのセックス玩具としてではなく、じっくりと味わい、快楽の海にとらえてやろう。河田を数回で手放すのはもったいない。幸い、もうじき夏休みに入る。じっくりと男の肌になじませてやる。田辺は企んでいた。
 そこに、優良が思い浮かべているような誠実な教師の姿は、なかった。

 コンコン、とドアを叩く音がした。
 慌てて立ち上がり、田辺は玄関へと向かう。
「河田か?」言いながらドアを開けると、部屋の前には羽村貴江が眉を八の字にした困った表情で立っていた。「ど、どうしたんだ」
「河田さんから言伝で……やっぱり行けないって……」
「ええっ?」
 田辺は衝撃を受けた。誘ったときの手応えはあったはずなのだが。
 ふと、気付く。
 河田の性格からして、行けないなら連絡をくれそうな気がする。電話番号だってわかっているのだ。友人に言伝を頼むというのは、らしくないような気がする。どこか、ズレている。
 思考に沈みそうになった田辺の胸に、突然羽村貴江が飛び込んできた。
「先生!」
 驚く田辺の胸の中で、羽村はせつない声で呟く。
「あ、あたし……本当は先生のこと……」
 そして、濡れた瞳で見上げてきた。
 田辺は気付いた。
 この態度。おそらくは――。
「羽村……」
「せ……んせい……」
 瞳を閉じ、キスをねだる羽村を、田辺はそっと押しやる。
 驚いた表情をする彼女に微笑みかけた。
「ダメだよ、一時の感情に押し流されるのは」
「そんなっ、わたし、ホントに先生のこと」
「羽村……」
 いつもならば据え膳食わぬは何とやらということで、すぐに抱きしめ、唇を味わい、愛撫を始めるところだが今は違う。今回の目標は河田優良なのだ。目の前の少女は来ないと言ったが、おそらくウソだろう、と田辺は見当をつけている。女の怖さのことは、彼は身にしみて知っていた。
 なおも迫ってくる羽村貴江を優しくあしらっていたとき、コンコンとドアを控えめにノックする音が聞こえた。
 羽村をそっと押しのけ、田辺はドアを開けた。
「あ、せんせ……」
 部屋の前にいた河田優良が言いかけ、そして押し黙る。部屋の中に田辺だけでなく友人の姿を認めたからだ。
「よく来てくれたな、河田」
「あ、あの、先生、なんで……」
「後で話すよ」そう言った田辺は振り返り、羽村に通告した。「ごめん、これから用事があるんだ。また今度にしてくれるかな」
 羽村貴江は顔を青ざめさせ、うつむき、そして、顔を上げて二人をキッと睨んだ。そのまま無言で部屋を走り去る。
「ふぅ」
「あの……」
 息を吐く田辺に、優良はどまどうように話し掛ける。
「ああ、えーと、とりあえず行こう。車の中で話すよ」
 田辺はニッコリと、河田優良が魅了された微笑を浮かべて、彼女の腰にそっと手をまわした。
「え、あの」
「デート、してくれるんだろ?」
 実は優良は迷っていたのだが、誘導されるように「は、はい」と答えていた。それを見て田辺は微笑む。
「じゃあ、行こうか」
 優良の白いブラウスと薄いブルーのスカートで身を纏っていた。清楚な雰囲気。それを見て田辺は内心興奮をおさえられなかった。今日、この美少女を自分のものにするのだ。ブラウスの上からでも分かる柔らかそうな胸のふくらみ。白い肌。羽村の誘いに乗らなくて本当に良かった、とほくそ笑む。
 車に乗せてしまえばこっちのもの。
 田辺はこれからの出来事を想像し、身体を熱くした。