ようやく覚えたボーゲンで麗まで辿り着き、俺はホッと一息ついた。スキーというのはこんなにも難しいものだったのか、と確認した。梓のヤツがいなくて良かった。見られたら「それがボーゲン? 最近じゃ転がることをそう言うんだ。もしかして方言?」と言われる所だ。それにしても、アフタースキーを楽しむのは苦労がいるものなんだな、と考えた。
ハァハァ言っている俺の前に、小出由美子さんが雪煙をたてて鮮やかに止まった。見事なエッジの利かせっぷりで、俺の顔に雪をかけようとしたとしか思えない。
「ふふ、柏木クン、雪だるまみたいだね」
由美子さんはゴーグルを外しながら微笑んだ。
ゲレンデを転がって来たし、由美子さんには雪をかけられるし、確かに俺の身体は雪まみれだろう。
スキー場と言うのは出会いの場。
そこにいるだけで、普段の2割から5割り増し容姿はよく見えるものらしい。実際、俺も初めて来たが、どちらを向いても美人ばかりに見える。由美子さんはと言うと、元々人目をひかずにはいられないのに、鮮やかな滑走と相まって、ゲレンデの女神様、といった存在になっていた。一緒にいるのが誇らしい。
「柏木くん、そろそろ疲れてるんじゃないかな、と思ったんだ。帰ろうか?」
心遣いが嬉しかった。確かに、慣れない運動をして足腰がフラフラになり、筋肉も悲鳴をあげている。これからに差し障りがあるかもしれない、と思っていたところだった。
「あんがと。じゃ、帰りますか。天候も悪くなりそうだし」
空を見上げながら言った。
薄暗い雲が天を覆っている。今夜からは吹雪くかも、と思った。
「うん、じゃあ戻ろうっ」
俺達は大学の友人に借りてきたクーペに乗り込み、帰路に着いた。
小出由美子さんとは同じ大学で、同じ教授のゼミに通っている、いわばクラスメイトにあたる関係だ。落ち着いた雰囲気を醸し出す、お姉さん、って感じの女性である。話してみると意外と子供っぽかったりもするのだが。
ちなみに恋人同士ってわけではない。
さらに言えば恋人未満でさえない。
親しい友人、というのが妥当なところだろうなと思う。
「親しい」の定義は、と考え出すと訳が解らなくなるのでやめておこう。人間関係は曖昧なものであり、曖昧にしておく方がいいものでもある。
そう言えば今年の夏休み、俺が親戚の家へお世話になっているとき、一人旅をしていた彼女と偶然出会ったこともある。俺は「これは運命の赤い糸だ」と言い出すような乙女の純真さは持ちあわせてはいなかったが、会えて面白かったとは思った。
そんな関係だったので「一緒にスキーに行かない?」と誘われたときは驚いた。スキーに誘われたことに、ではなく二人きりでということに驚いたのだ。さてはこの女、俺に気があるな、と思う中学生の純情さは俺にはなかった。
冬休みはまた親戚の家に行こうかと思っていたのだが、安く泊まれるツテがあると言うし、軽いアバンチュールを楽しめるかも、というスケベ根性も出てきたのでその誘いに乗ったのだった。
泊まるペンションは「シュプール」と言った。どうも由美子さんの友人がこのペンションの親戚らしく、そのツテで格安宿泊になるそうだ。しかしどこかで同じような名前のペンションがあったようななかったような? どこで聞いたんだったか……。
まぁそれはともかく、昨日12月21日、俺たちはここ信州にやってきたのであった。
ペンションに帰った頃には陽も落ちて暗くなり、雪も降り始めていた。
小林夫妻が経営しているこのペンションはログキャビン風で、内装は白を基調にしたお洒落なペンションだった。料理も多彩で味も申し分ない。さしもの梓の料理もかなわないだろう(千鶴さんの料理なら勝てるかもしれない。別の意味で)。
醸し出す雰囲気が良く、上手くもって行けば由美子さんと深い仲になれるかも、と考えてしまうのは、男として当然の思考回路状態だ。
こんな所に格安で泊まれるなんて、人気のありそうなところではないか、と昨日始めてきたときに思ったものだ。由美子さんに聞いたところ、丁度この日は部屋が空いているから、と言うことだったそうだが、いつも満室でおかしくないと思うのだが。
俺と由美子さんの部屋は、残念ながら別々である。
ツインの部屋を一人ずつで使うわけで、部屋がもったいないと思うが、それを理由に一緒の部屋に泊まるわけにもいかない。倫理的道徳的にどうこうというわけではなく、ただ単にそう提案しても即却下だろうからだ。
ペンションに入り、鍵を受け取る。
それぞれの部屋に戻って着替えを済ませたあと、俺の部屋で話でもしようと言うことになった。
部屋に入って着替えを済ませた後、部屋の中をうろつき廻った。
昨日はラウンジや食堂で話したりするだけで、部屋で二人きりというシチュエーションはなかったのだ。胸がドキドキする。何かをしようと思ってる訳ではないが、ただ二人きりになるのだというだけで、鼓動が速くなってくるのだ。
まったく、純情だなぁ、俺ってば。
由美子さんの方はどうなのだろう。俺を男として見ていないのかもしれない。安心しているのだろうか。しかしそれが命取りだ、フフフ。
ノックの音がした。
「開いてるよ」
ノブが周り、静かにドアが開いて、由美子さんが入ってきた。
「あ、部屋、左右対称なんだね」
と言いながら、ふわりとベッドに腰を下ろした。
「柏木クンも座りなよ。疲れてるでしょ」
微笑みながら言う。明るすぎない暖色系の照明に照らされた由美子さんは、いつも以上に綺麗に見えた。このシチュエーションも俺の脳に作用していたのかもしれない。
「……そうだね。疲れたよ、さすがに」
言いながら、もう一つのベッドに腰掛ける。そして「しまった」と思った。何食わぬ顔で、由美子さんの横に腰掛ければ良かった。くそぉ、やはり俺はプレイボーイにはなれんなぁ。
「慣れれば、全然疲れないようになるよ」
俺の内心など気付かず由美子さんは笑った。そして、
「あ、じゃあマッサージしてあげる。結構上手いんだよ、私」
と俺が座っている方のベッドに向かってきた。あまりの無防備さに、マッサージとは……そんなバイトでもやってるの、と下品で際どい冗談を言う間もなく、うつ伏せにさせられた。
ふくらはぎを両手でもみほぐしてくる。
「どうかなぁ?」
「う、うん、気持ちいいッス」
やや声がうわずっているし、語尾も妙なものになってしまった。
「ふふ、変なの」
顔は見えないが、柔らかな物言いが耳に心地よい。
ふくらはぎから太股へ、由美子さんの両手が上がってきた。それと共にギシッとベッドがきしむ。由美子さんがベッドの上に乗ってきたのだろう。手を届かせるためには必要な行動だ。
俺の鼓動はドンドン速くなってくる。
このままマッサージをしてもらえば、腰や背中もしてくれそうだ。そうすれば由美子さんは完全にベッドの上に乗ってくるし、俺と由美子さんの身体の密着度もドンドン上がる。
絶好のシチュエーションだ。
セニュリ〜タ、お返しに俺もマッサージしちゃるで……などと持っていけば、もしかしたら……と妄想が膨らんできた。
そして、理性をなくした俺は、由美子さんに襲いかかっていったのだった。