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二人で部屋に入った途端、激闘の開始を告げるゴングが鳴り響いた。 「さあ、説明してもらおうか」 ニタリ、と梓が笑った。 笑顔の裏に、肉食獣を思わせる凄惨なオーラを感じる。エルクゥの勘だ。間違いはない。口ごもる俺を見てさらに語を接ぐ。 「さぞや御高説を述べられるものと推測しますぞ」 「いきなり口調変えるな」 「じゃー早く言え」 「説明はない」 強気で行くことにした。俺は大国の言うままに動く属国の首脳の如き姿勢を採ることを潔しとせず、断固たる気構えでこの戦いに臨むことにした。この気高い孤高の戦士を見れば、初音ちゃんも楓ちゃんも俺に惚れ直すに違いない。 「千鶴姉に言っちゃうぞ」 「ごめんなさい。それだけは許して頂けないでしょうか梓様」 携帯電話を取り出してヒラヒラさせる梓に、俺は頭を下げた。これは敗退ではなく、戦術的撤退である。好んで神の怒りの一撃をこの身に受けるようなマゾヒストでは、俺はないのだ。 「どーしようかなー」 ニヤニヤと笑う梓の顔が憎たらしい。 「おい、だってな、お前だって友達と遊びに行ったりはするだろう? それと同じだ。決してやましい気持ちがあったわけじゃない」俺は嘘をついた。 「あたしゃ異性と二人っきりで旅行なんてしないよ」 「そりゃお前は同性……」 ギロッッッ。 「じゃなくて、ほら、梓は身持ちが固い令嬢だからね。俺だって身持ちが固いナイスガイだと評判なんだよ大学では」 おかしい言葉遣いになってしまった。こ、恐い。 「ま、未遂に終わったってことで見逃してやるか」 持つべき者は物分かりの良い従妹だ。柏木一族万歳。 「お年玉楽しみにしてるからね、耕一」 柏木一族滅びるべし。 ちくしょう。俺だって生活費稼ぐのにひーひー悶えてるって言うのに。あ、そうだ。 「梓、お金以外のものでも良いか」 「ビー玉落とすのはダメだぞ」 「誰がそんな前時代的なギャグをするか。お金じゃなくてな、身体で払うってのはどうだ」 「か、身体?」 怪訝そうな顔をした後、梓はボボッと顔を赤らめた。 何を考えたんだ、こいつ。俺は腹の底でニヤリとした。 「ああ、俺の梓の好きにして良いぞ。ベッドの中とか、お風呂の三助とかな」 そして、両手を身体の前で開き、ニギニギといやらしい動きをさせる。 「な、な、な」 「な?」 「何言ってんだばかーっ!」 フッと梓の姿が消えたかと思うと、俺の視線の死角からパンチが飛んできた。 む、無角の攻撃。 おそるべし梓。夏に会ってからまだ四ヶ月もたっていないというのにこのような新技を。怒濤のように襲いかかる鬼の連打を浴びながら──。 「じゃ、ジャック、デンプシー」 そう一言呟き、俺は気絶した。 目を醒ました。 ベッドに横たわっている。 「ああ、起きたか、耕一」 あいたたた。回復力はある身体だが、それにしても効いた。 「おまえ、なぁ」 「わ、悪かったよ。だけど、耕一だって悪いんだからな」 頬を膨らませながらも口答えをしてくる。 「それに、まさか全弾喰らうなんて思ってなかったし」 「まったく、俺以外の男が相手だったら死んでるぞ」 いや、誇張抜きで。 そう言えば、と俺は突然思った。前から梓はパワーはあったけど、今日の攻撃はそれが空回りせず、存分に活かされ、力を「振り回し」てるのではなく「使えて」いるような気がした。うーん、どういうことだろう。 その時。 部屋のドアがトントンとノックされた。 「柏木クン、いる?」 由美子さんの声だ。 「あ、はい、どうぞー」 由美子さんは食事の用意がととのったらしいと伝えに来てくれた。良い区切りだ、と思った。このまま梓とドツキ漫才をしていては身体も保たない。 「梓、行こうぜ」 「そうだな」 笑顔を向けあう俺達。 夏には事件に巻き込まれて色々あり、数ヶ月間離れていたが、俺と梓との仲は少々のことでギクシャクするほど繊細ではない、と確認出来たような気がした。 何となく。 嬉しかった。 ・ ・ 食事の席では、由美子さんと梓は意外なことになかなか気があったみたいで、大学生活のことで話がはずんでいた。梓も来年からは大学生になる(はず)なので、興味津々と言った様子だ。 「それでね、コンパの席で柏木クンにナンパされちゃってさ」 「え、え、何て?」 「二人で抜け出さない、とか、部屋に行ってもいいかい、とか」 「耕一、なんてことを!」 「由美子さん、いい加減なこと言わないでよ」 俺は苦笑することしきりだ。 同席しているかおりちゃんはかおりちゃんで、梓が卒業することを滂沱の涙を流しながら悲しんだり、梓に話を振られて喜悦の表情を出したり、梓が俺を見る度に剣呑とした目つきで俺を睨んだり、なかなか愉快な百面相をしていた。これはこれで、楽しんでるんだろう。 ふと周りを眺めてみる。 お客で席は埋まっている。今日は満員なのだから当然とも言えるが。 俺達の他、OL風の女性が一人と若い男女(カップルかな)がいる。そして、目をひかれたのが食堂の隅の方でひっそりと食事をとっている人物だった。少年。どことなく線の細い、気の弱そうな印象を受ける。しかし目鼻立ちはくっきりとしていて、繊細ではかなげな雰囲気と相まって美少年と言っても良いくらいだ。何者だろう? 歳の頃で言えば中学生くらいだろうか。いや、あのくらい幼く見える高校生もいるから違うかも。ともかく一人でペンションに泊まりに来るような年齢でないことは確実だ。考えて答えが出る類のものでもないのだが、何故か、少年のことが頭からなかなか離れてくれなかった。気になるものを感じるのだ。 ちなみに梓を連れていた男二人も近くの席で食事をしている。梓やかおりちゃんと席が離れて暗くなっているかと思えばそうでもなく、席数と分け方の都合で相席となった女性客(先ほどのOL風の女性だ)と楽しげに談笑していた。少年のことを頭から振り払い、俺は訊ねた。 「そういや梓。あの人たちは誰なんだ?」 「ああ、うちの重役の息子だよ」 「鶴来屋の?」 「そ。楠瀬さん自体はいいひとなんだけどね」 梓は苦笑しながら続ける。 「あの人の父親の方は、どうもね」 「ふーん」 千鶴さんが会長になったことで、鶴来屋も色々もめているのが内情らしい、とは俺も知っていた。会長を引きずり降ろす派閥などが存在する、と言うウワサがあることも。ある筋の情報ではそれもおさまって来ているらしいから問題はないと思うけど。 「つき合いってやつだよ。スキーにも来たかったしね」 「そういやお前、受験生じゃなかったっけ」 「ふふん、あたしゃ色々やってたんでね」 梓がほくそえみながら話す。どうやら推薦がとれたらしい。だったらもう学校にもほとんど行かなくていい自由の身なんじゃないだろうか。羨ましい。「日頃の行い。人徳」と梓は言っているが、俺に言わせれば憎まれっ子が何とやらだ。 そこまでひそひそと話してた時、かおりちゃんがナイショ話はダメとばかりに梓に向かってマシンガントークを始めた。 梓と俺は苦笑する。 由美子さんは、何だか楽しげに微笑んでいた。 楽しく食事をすませ、食堂を出る。 談話室にはペンションのオーナーである小林さんと、そして一人の女性の姿が見えた。さきほど食堂で見かけた、梓の連れの人と談笑していたOL風の若い女性だ。楽しげに会話をしている。 ――楽しげに? いや。 違うかもしれない。 笑いあってはいるのだが、何だかとても悲しげな雰囲気というか色というか、よくわからないけど複雑な感情を感じる。何故だろう。俺は気になった。 「ああ、柏木君」 俺が見ているのに気付いたのか、小林さんがこちらに笑顔を向けた。 「こちら、渡瀬可奈子さん。ここに何度か宿泊してくださってるお客様だよ」そして渡瀬さんと呼ばれた女性の方に顔を向け「こちら、柏木耕一君」と紹介した。 軽くウェーブのかかった長い髪をなびかせながら、渡瀬さんははじめましてと頭を下げた。 「あ、いや、こちらこそ」 これはおとなの雰囲気を持った女性だ、と改めて感じた。 千鶴さんをはじめ柏木家の女性を見慣れた俺なので渡瀬さんの美しさに圧倒されたりはしなかった。しかしこんな大人の色気とでもいうのか、甘いフェロモンを感じさせる女性にはそうそう会ったことがないので少しドギマギしてしまう。 何かを言おうとしたとき。 視線を感じた。 立ち止まった俺に気付かず二階に向かっていた女性陣がジーっとこちらを見ていた。 梓はジト目で。 由美子さんは微笑みながら、しかし底光りのしている瞳で。 かおりちゃんは……あ、渡瀬さんをキラキラした目で見てら。 俺が目を向けた三秒後、梓と由美子さんは階段をのぼりはじめた(かおりちゃんは梓にひきずられていた)。 「いやー、ははは、渡瀬さん、それではまた今度」 俺が冷や汗を背筋にたらしながら言うと、彼女はクスリと笑った。 「頑張りなよ、少年」 「も、もう成人してますよ」 「その辺がまだまだなのよね」 よく分からないことを言う。まぁ、それにひっかかっているヒマはなさそうだ。それじゃあ、と小林さんと渡瀬さんに会釈をして俺は慌てて階段を駆け上がり部屋へ向かったのだった。 (つづく) |