『謎のメッセージ』



 階段を駆け上がると、女性陣は二階の廊下の談話室を見下ろせる場所に佇んでいた。
 俺が現れた瞬間、これみよがしにヒソヒソ話をこちらに聞こえるように始めた。
「柏木クンって、色仕掛けに弱そうよね」
「うんうん、耕一のやつは年上好みなとこあるからねぇ」
「へぇ、そうなんだ」
「でもロリでもあるんだよ」
「あ、じゃあ手当たり次第ってわけなんだ。私たちも気をつけなきゃね」
「そうですよ先輩。あんな色欲魔人放って置いて三人で……」
 む、むかつく。
 でも傍から見てればそう思われても仕方ないかもしれない、と少し反省する。
「え、えーと、梓さん、由美子さん、かおりさん、ぷ、プレステでもやります?」
 それからしばらく、俺はヘコヘコと下手に出続けたのだった。






 その夜、俺たちはプレステに熱中していた。『銀河英雄電鉄』という銀河系を舞台にした壮大な歴史スゴロクゲームだ。旅行に来ている、という気分がそうさせるのか皆やけにハイテンションであった。
 一休憩いれたとき、ふと気になって梓に尋ねる。
「そう言えば、楠瀬さんたちって放って置いていいのか?」
「え、何で」
「だってお前ら一緒に来たんだろ」
 うーん、と梓はうめく。
「耕一たちと一緒にいた方が気楽でいいんだよ。なんていうか、疲れるんだよ、あの人たちと一緒にいると」
 意外なことに俺を敵視しているかおりちゃんも同意を示した。あちらと一緒にいるより俺と一緒の方が「まだまし」なのだそうだ。喜んでいいのかどうか。
「なんだ耕一、由美子さんと二人っきりになりたいのか」
「そ、そういうわけじゃない! 俺はただ礼儀という面を重視してだな……」
「耕一が、れ、れ、礼儀? うひゃひゃ。へそが茶を沸かすバイ」
 梓、お前はどこ出身だ。
「梓さん、どっちかの人に言い寄られてるんだよね」
 由美子さんの発言に、俺は驚く。
 え?
 何?
 どーいうこと?
「あちゃー、分かりますか」
 梓が頬を人差し指でかいている。
 ということは、本当ってことか。
「あ、あ、梓が、嘘」
 梓に男が言い寄るなんて、想像を絶するシチュエーションだ。
「柏木クンは従兄弟だからわかんないかもしれないけど、梓さんほどの人なら言い寄られて当然だと思うけどなー」由美子さんがそう言って微笑んだ。
 ああ、そうか。
 だからかおりちゃんは俺のほうが「まだまし」と評価したのか。あからさまに梓に言い寄る男に対し、かおりちゃんがどのような反応を示すのか。とても怖い。
 目をやると、梓は恥ずかしそうに俺のほうをチラチラ見ていた。
 俺はどういう反応をすればいいんだ。それが分からず梓でなく由美子さんのほうを見ると、微笑を消した真顔でこちらをジーっと見ていた。……何だか、由美子さんに観察されているような気がする。困った。
「いやまぁ、じゃあ楠瀬さんはほっぽっとくとしてだな」
 俺は何も考えずに喋ることにした。
「あ、そういや今何時だろう」
「えーっと、あ、もう11時近いね」
 なんと。じゃあもう3時間近くゲームやってたわけか。時が過ぎるのが早い。
「先輩、私シャワー浴びたいですぅ」
 何だか甘えた声でかおりちゃんが梓にしなだれかかった。
 相変わらず唐突な子だ。
「うわぁ、こら、やめろ」
 ひきはがしにかかる梓だが、当然の如くはがせるような相手ではない。
「わ、分かった、分かったから。というかかおり、お前は向こうの部屋、あたしはこっちの部屋でお風呂は入るんだぞ」
「えー!」
 とてつもなく不満そうな声を、かおりちゃんはあげた。
「そりゃそうだろう。荷物はそれぞれの部屋にあるんだ。風呂から出て廊下を歩いてたら風邪ひいちゃうじゃないか」
 たかが数メートル歩くだけなのだから、と俺は思った。梓としては身の危険を感じているので適当な理由をでっちあげて別々のお風呂に入ろうとしているのだろう。無理も無い。梓が風呂に入ってたら、たとえ鍵がかかっていたとしてもかおりちゃんは侵入してくるだろう。そうなればまさに貞操の危機だ。
「仕方がないわよ、日吉さん。廊下は寒いんだから、梓さんが風邪をひいたりしたらアナタもいやでしょ?」
 由美子さんの言葉に、かおりちゃんはむむーと唸りながらも頷いた。さすが由美子さん。論理的で大人に見える態度で子供をあやすのが上手い。
「じゃ、行きましょう」
 と言って、二人は部屋を出て行って、俺と梓だけが残った。
「……良かったな」
「……うん」
 梓は疲れたような表情で、しかし笑顔で、頷いた。
「ま、お前もシャワー浴びろよ。湯船につかりたいならお湯入れないかんが。俺がいれてこようか」
「耕一は」梓は言う。「耕一は入らないのか」
「なんだ、俺と一緒に入りたいのか」
 ニヤリと笑う。
「ば、ばかっ。違う。あたしはただ」
「もう、それならそう言ってくれればいくらでも。せまーい湯船に、肌を密着させながら一緒に入ろうぜ」
「てりゃ」
 ドゴ。
 鳩尾に梓のつま先が決まった。
 な、なんてことを。
 声にもならない声で抗議すると「オヤジくさいこと言うからだ」と怒鳴られた。口より先に手が出るのは夏休みの頃と全然変わっていない。まぁ数ヶ月程度で性格が変わるわけはないのだが。
 そんな戦いを繰り広げていたとき、部屋の扉をトントンとノックする音が聞こえた。
「はーい」
「柏木クンたち、いる?」
「由美子さん?」
 梓がドアを開けに立ち上がった。
 俺はまだベッドの上で悶絶していた。
「あの、変なことが――って、柏木クンどうしたの」
「いやー、何でもないんです。あのバカのことは放っといて下さいな」
 梓のやつめ、勝手なことを。
 痛みを無理矢理和らげ、俺は立ち上がる。
「ど、どうしたんですか」
「え。あ、えーっとね、何だか、変なものがわたしたちの部屋の中にあったの」
「あったんです」
 と由美子さんの後ろから顔を出したかおりちゃんも唱和した。
 これなんだけど、と差し出されたもの。
 それは――。
 それは、白い紙。
 雑誌サイズの大きさの白い紙切れに、赤いマジックペンで何かの文字列が記されていた。
 文字列。
 日本語。平仮名。そして数字。
「これは――」
 由美子さんが奇妙な表情、気味の悪そうな表情をしていた理由が分かった。
 その紙には、こう記されていたのだ。

「こんや、12じ、だれかが、しぬ」


(つづく)