ガバッ!
 俺は勢いよく布団から上半身を跳ね起こした。
 ごっつんこ。
 そんなほんわかした擬音が部屋に鳴り響く。
 目の前に俺の布団の上に突っ伏して、頭からドクドクと血を流している千鶴さんの姿が見えた。ヨロヨロと身を起こす。
「……も、もう、驚かさないでください、耕一さん」
 目の前の女性は自分の胸もとに手を当てて、深く息を吐いた。
「まだ心蔵が、どきどきしてます」
「丈夫な貧乳だな」
 とは言えない。
 口にしたが最後、瞬殺されるからだ。
「だ、大丈夫ですか、血ぃ出てますよ」
「ごめんなさい。耕一さんこそたんこぶが」
 そっとこぶを手で押さえてくれる。
 柔らかな手が、優しくこぶを覆った。千鶴さんの目は慈愛に満ちていた。
 でも、こぶに触れられれば痛いものは痛い。
 ちくしょう、この偽善者め!
「だ、だ、だ、大丈夫ですんで、触らないで」
「あ、ご、ごめんなさい」
 しょんぼりと肩を落とす千鶴さん。
 くそぉ、謝るときも偽善面をするとは、じゃなくて可愛いなんて、何て汚い女性(ひと)だッ!
 俺は憤慨した。
「許してくれますか?」
「俺の朝の生理現象を何とかしてくれたら許します」
「まぁ耕一さんったら」
 ポ、と頬を染め、偽善者は俺を平手で打った。
 勿論俺は死んだ。
 首は胴体から離れ、畳の上を転がっている。
 もう朝シャン出来ない。
 そう思うと視界がぼやけた。
 千鶴さんが本性を出すと梓が出てくる前に話が終わってしまう。まさに最終兵器。そのことを、俺は痛感していた。

 俺の頭を吹き飛ばした千鶴さんの手。
 それはシベリアに吹き荒ぶ吹雪のように優しく、砂漠を焦がす灼熱の太陽のように暖かだった。

(完)